「幸せになりたい」と一言で言っても、さて、どういう状態が幸せなの?
改めて聞かれると、漠然としていてどんな状態が本当に幸せなのか、いまいち???です。
お金がたくさんあれば幸せ?
バリバリ働いていれば幸せ?
友達が大勢いれば幸せ?
そりゃ、お金がたーんとあって、友だちが大勢いて、家族にも地域でも周囲の人にみんなに愛されて、バリバリ働いて、すべてが満たされてればそんなにいいことはありませんが、果たしてそんな都合のいいことは可能でしょうか?
今回ご紹介する本では、幸せは3つの要素で成り立っていると語ります。
堅苦しい題名ですが、読み出すと止まらない本でした。そして幸せについて要素分解してくれて、それがストンと腹落ちします。
さて、幸せの正体とは?
幸せは3つの要素で成り立っている
この本では幸福は「3つの資本」で成り立っていると語ります。
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お金や不動産、投資信託などの金融資産(=資本)
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自らの労働力を表す人的資本
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周囲の人間関係を表す社会資本
の3つです。
全てがコンプリートされると、『お金に困ることはなく、バリバリ働ける健康な身体を持ち、さらに友人関係も円満な状態』
というイメージでしょうか?
コンプリートが最上の幸せなんでしょうけど、基本的に3つ全てが高い状態というのは不可能だとも言っています。
一般の人の言う幸せな状態と言うのは、この中のどれか1つか2つのポイントが高い状態。
金融資産をいっぱい持っているのに、でもその一方で友人が誰もおらず敵だらけの金持ちは、金融資産が高い状態。
地元の仲間が大勢いるけど金銭的には貧困状態な地方のマイルドヤンキーは、社会資本がダントツに高い状態です。
仕事をバリバリで働いている男性は、人的資本で生きてきた人となります。
でも60歳で定年になった途端、自分の命綱である人的資本=自分の労働力が役目を終わり、唯一の人的資本だった会社の仲間とも切れ、お金(金融資産)だけが残ってる状態だ、なんていう解説にも心当たりがあり、頷けます。
なるほど、幸せを表すバロメーターを3つに分けると、今自分がどんな状態なのか、そしてどのバロメーターが欠けているのか、これから増やしていきたい項目はどれかがよくわかります。
「政治的関係」「貨幣的関係」
さらに周囲の人間関係を現している社会資本は、さらに2つの項目に分けられます。それが「政治的関係」と「貨幣的関係」です。
政治的関係と著者は書きますが、いわゆるテレビや小説で人間ドラマになりうるドロドロとしたテーマ全般がここに当てはまります。
家族や恋愛の問題であったり、権力闘争であったり、人間関係のいざこざがこの政治的関係ですね。大体ドラマってここでしょ?
では貨幣的関係とはどのような関係でしょう?
セックスをデリヘルでまかなったり、近所のフットサルチームのゲームに友人とではなく1人で行って登録したり、金銭を支払うことでドライになった人間関係です。
金でやりとりをすることで人間関係に深く入り込むことなく、そのため悩みも痛みも軽くて済みます。
そんなことで事足りるのかと思われるかもしれませんが、最近の都会の若者はこの傾向にあるそうです。
幸福の1つの形として著者が提言するのは本当に深い愛情を保った関係はごく身近な数人の家族や友人だけにして、後は貨幣的関係にすることを推奨しています。
かなり寂しい気がしますが。今コロナで身近な人との付き合いが物理的に減った今、それに近い状況のかなとも感じています。
仕事も新しい形、フリーエージェントへ
そして仕事の形も、新しい働き方になると。
それがフリーエージェント。
ピンクダニエル氏の『フリーエージェント』を引用しながら、今後フリーエージェントの在り方が日本でも広まるだろうと予言しています。
日本ではフリーランスと言われますね。
企業にとらわれることなく自由度を持ち、さらに専門性を持つことで企業勤めをしていた時よりも金融資産は多くなります。
この形に移行する事が多くの問題解決の糸口であると著者は語ります。
何が幸せなのか考えるきっかけに
今私自身が正社員をやめたことで、実はとても気持ちが不安になっています。
ただね、自由になって嬉しい!とばかりじゃないんですね。お金を稼がなきゃと焦ってばかりで。
でも何に対して焦っているのか、幸せの状況を客観的に要素分けすることで、冷静に分析して見るようになってきました。
そしてこの不安の原因も、旧来の企業勤めをしていた環境が、私の幸せの1部になっていたからだとわかりました。
会社に勤めることにより、安定した収入があります。さらに人的資本は思う存分注ぎ込むことができることから、承認欲求が満たされます。(一応役に立っていたと思われます)
さらに会社にいさえすれば、社会資本である多くの仲間と共に日々しゃべったり笑ったり泣いたりすることができました。
そして会社をやめたことで、わたしの多くを占めていた3つの資本の要素が急に失われたのです。
その程良いぬるま湯につかっていたために、そこから出た私は冷え切ってしまっていました。(今はなんとかなっています)
しかし定年までいたとしても、その会社を辞めた途端、その関係の多くは絶たれてしまいます。そうすると急速に自分の存在価値を見失った定年後の人たちが鬱になってしまう可能性が急激に上がるのです。
そうならないための解決策として、今後フリーエージェントのような専門性を持った働き方を模索する必要があります。
そこまで読んで、私が今前に進もうとしている道はあながち間違いでは無いと確信しました。
まだ金融資産はまだまだなんですけどね。
最後に示唆されていたのは……
社会資本と、定年後も使える技術を持つことでできれば80近くまで人的資本を維持したいと思います。そうすることで、60歳定年で切れてしまう収入の単価が下がっても80まで得られるとすれば、金融資産の目減りは少ないでしょう。
ただこの本が最後の最後に示唆しているのは、ちょっと皮肉なようですが……………
いやこれは読んだ人だけの楽しみにしておきましょう。
金融資産があるわけではありませんが、私なりに最近解釈してきたことに近い言葉が、最後の最後に書いてありました。
『山のあなたになお遠く
幸いあると人のいう』
中学校の時に国語の教科書に載っていた詩の一節を思い出しました。
どこまでいっても、幸せは遠くにあるものだ、というね。
まとめ
初めはとっつきにくかったのですが、本文に入ったらボリュームが気にならないほど面白く読み進められました。
自分の暮らしの中に3つの資本がどのようなバランスで存在しているのか、そして自分はこれからどこを重点的に増やしていきたいのか?
どの幸せの道を進みたいのかを3つに分解して考えることで、この後の人生の選択肢が見えやすくなりました。