ままここmamacoco

ありのままで、イマここを生きている「ままここ」。アラフィフにしてフリーランスに転向した女は果たしてフリーとして生きていけるのか?

ロッカールームで迷って迷って迷って、そしてやっと出した、退職願の白い封筒。

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こんにちは! てらっちです♪

 

今回は、『私の迷いと決断』ということで、私の一番の迷いと決断を書いてみました。

 

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「この退職願を出すだけだ……」

 

私は手に白い封筒を握りしめ、ロッカーで立ち尽くしていました。

この白い封筒を出せばいいだけなのに、それがもう恐ろしくて恐ろしくて。

この世の終わりのような気がしていました。

もう心臓がずっと全速力で走った後のようにばくばくしっぱなし。

 

これを出したらきっとこういうことが起こると想像していました。

 

その会社では、退職願は退職する日の2ヶ月前に出すように、とのことだったので、今退職願を出せば、その2ヶ月後まで在職していなければならないことになります。

その間針のムシロだと思うと、もうズーンと気持ちが落ち込むのでした。

 

 

 

鬼の社長には、なぜ辞めるのだときつく言われるだろう。

直属上司のお局様のおばちゃんには無視をされるだろう。

さらに周りには裏切り者と指を差され辛い思いをするだろうと想像していたのです。

 

 

 

何度か、社長のいる部屋まで行っては、そこに社長はおらず、ホッとしている自分がいました。でも、毎日ドキドキする時間がただ伸びていくだけで、届けを出したりしまったりしながら1ヶ月ほども悩みつづけていました。

 

もともと私はHSPと言われる人の気持ちに敏感な人です。

要は、人の気持ちを読みすぎて勝手に落ち込んだり、勝手に恐ろしく思うところが過分にあるわけです。

ですから、タダでさえいろんなことを考えすぎる性質の人が退職願を出すなんてことは、もう究極に緊張する行い、そのものなのでした。

 

もう恐ろしいなんてものではありません。

 

私は悩みつづけている間、心臓の鼓動がおかしいと医者にかかり狭心症と診断され、耳が聞こえにくくなったと医者にかかり低音性難聴と診断されました。

 

ま、退職願をうじうじと出せずに自分で悩んでいる期間を延ばしてしまっただけなんですけどね。

 

そんなこんなでずっと悩みに悩んで、やっと届けを出しました。

それが昨年の3月です。

 

2018年3月末日と日付を入れて、それから2ヶ月後に退職したいという旨を書いた退職願。

 

正社員の仲間が帰った後、社長のところにゆき、そっと届けを机の上に出し、「お願いします」とだけ告げました。

 

それから、そのまま別の部屋で1時間ほど話をすることになったのです。

 

どうなったと思います?

 

その社長、鬼のような社長で有名で、過去怒った時に社員を怒鳴りつけてカッターやハサミをぶん投げた!という逸話が残る社長ですから、もうこっちはドキドキもんです。

 

でももうこの会社をやめて、自分の好きなことをやりたい。

文章を書いて、人のために役に立つならそんな活動をしてみたい、と社長に訴えました。

それは本当のことだったので、そこだけはしっかりと伝えました。

 

この時に決めていたのは、会社への苦情は言わないということ。

前向きな姿勢で、やりたいことを言おうと決めていたのです。

 

まあきれいごとだと一喝されるのを覚悟の上でした。

 

社長の顔をそっと伺いました。

大きな応接テーブルの向こうに、腕を組んだ社長が見えます。

恐ろしくて社長の顔が見れませんが、ゆっくりとその顔を見ると、意外な表情がそこにありました。

 

なんと。






ニッコリと笑ったのです。





いや、この人は策士だからなにかあるに違いないと、疑い深い私は怪訝な表情を浮かべていたと思います。

 

そして「わかった」と社長は言いました。





わかった?






何を?





へ?





あまりにあっさりと話が通ったので、拍子抜けです。

 

こちらは社長がごちゃごちゃ言ったら、法律的には2週間でやめても問題はないだの、なんなら、明日からもう来ません!だのと返す言葉を演劇部のように予行演習をして言う気まんまんでいたのですが、それは全くの想定外の言葉でした。

 

「わかった。でも、周りにはちゃんと伝えなきゃいけないからな。部長と、あんたの上司と、それから同じ課の人たちにもちゃんと話をして来なさい」

 

「は、はあ……」

 

あとで考えれば、そこまで自分でやらなきゃいけないの?とも思いましたが、辞められるのならなんでもやりますわ。

 

上司にいつ話しをしよう……と再び緊張しながら、それでも大きな山は越えたので、えいやっと気合を入れ、合間を見て、部長と直属の上司に話をしました。

 

直属の上司であるおばちゃんも、私にとっては恐ろしい人です。

 

彼女の一括でことは全て逆転し、右に動いていたものも一気に左に回してしまう人。

そしてまたこの人も怒るとめちゃくちゃおそろしいので有名でした。

これまでも何度この人に怒られ、無視されたり嫌味を言われたかわかりません。

 

それでもかなり気合を入れて話をしました。

 

やはり、将来的に前向きな方向で自分のやりたいことを伝えたんです。

この時も会社への文句は言っていません。これ、ミソです。

 

もうこの先2ヶ月間は無視されるのだろうという私にしてはかなりの覚悟をした上での話し合いでした。

 

ああ、これから辛い2ヶ月が始まる……でも、その2ヶ月がすぎたら、晴れて退職だ!!!



頭を下げてから、やはり顔が見られません。

社長の時は、機嫌が良かったのかすぐにあっさり通ったけれど、この人は一筋縄では行かない人。

ああ、きっと怒られる。これから辛いなあ……。

少しずつ顔をあげて、そっと下から彼女の顔を伺いました。

 

彼女がじっとこっちを見ていました。








「あんた、偉いね!」







「へ?」





また、想定外の言葉が返ってきたのでした。






「そんなこと考えてたの?偉いじゃない。いや、会社は大変になるから引き止めたいのはやまやまだけどさ、でも、あなた、やるなら今しかないよ。50歳過ぎたらもうそんなことやれなくなっちゃうよ」







本当に、本当に予想外の返事でした。






絶対に無視されて怒られて怒鳴られて2ヶ月間は針のムシロどころか、針で全身刺されっぱなしのアイアンメイデンの2ヶ月になると思っていたんですから。

 

でも、結果的に退職を一番応援してくれたのはこの彼女になりました。

 

それから2ヶ月間は、全く予想していなかった、円満な日々で、彼女と揉めることはなく、快く送り出してくれたのでした。



私は本当に、1年ほど悩んだんです。まずやめようと思い、そして退職届けをかき、書いた後もずっと出せずに悩んで悩んで迷って迷って……。



そして、ようやく社長へ退職届けを出す決断をしたあの日。

それから起こったことは、全て予想外のことばかりでした。

 

いや、私がたまたま運が良かっただけなのかもしれません。

私がいた会社はかなり体質が古く、定年以外で、円満退職した人などいない会社です。

それでもちゃんと前向き退職ができました。




恐れていることは何も起きない。




そう言っていた人がいましたが、本当にそうなりました。

 

もし退職を悩んでいる人がいたら、二つ伝えたいことがあります。







まず、ポジティブな理由で退職すること。







そして、恐れていることは、何も起きないということ。





もし起こっても、なんとかなります。

 

だって、一歩前進してるんですから。もうあとは前に進むだけ。

 

まあ、私自身、まだその後の新しい収入先がなんともなっていないので、偉そうなことは言えないのですが……。



現在は、女性起業家支援をしている会社でバイトをすることが決まりました。

以前の工場とは全く違った環境で、まだ右も左もわからない状況です。

 

でも、人生に違ったギアが入り、音を立てて新たな方向へ回転しはじめているのを感じています。

 

これが吉と出るか、凶と出るかはわかりませんけどね。

それはまた、これからもブログで報告します。

 

てらっちでした♪