今日は密命があってこの姫路に参った。
拙者が仕える殿が住まうのは、世界に誇るあの『掛川城』じゃ。
ふっ。驚いて声も出せぬようじゃな。
なに?そんなマイナーな城など知らぬ?
無知にも程が有るぞ。よく覚えておけ。これが掛川城じゃ。
立派じゃろう。なにを驚いて口をあんぐりと開けておる。
しかしじゃな、この掛川城、ちーとばかり観光客にかけるゆえ、なんとか姫路城の情報を盗んでこいと、殿が申しておる。
しっ。大きな声を出すでない。
今回は山内家の命運をかけた密命じゃ。
敵にばれぬように姫路城へと潜り込み、ミッションを成し遂げる。
お主もしっかりと拙者についてこい。
よいな!
姫路ー姫路ー。
とうとう姫路についたわ。
人が多いの。
意外と毛唐人も多い。
さすが、天下一の美しさと言われる姫路城じゃ。この観光客、是非とも我らが掛川城にも呼び込みたいものよの。
わしらはこの観光客になりすまして、姫路城の天守閣に登り、できる限りの情報を得るのが任務じゃ。心して掛かれよ。
時はまだ桜が咲く前。
雨が降っておるがこれは幸い。
人々の傘に紛れて任務が遂行しやすいというもの。
ふっついておるわ。
なぬっ。天守閣まで1時間30分とな。
目の前に天守は見えているというに、そこまで時間がかかるのはなにゆえじゃ。
さては、罠だな。
わしらを時間がかかると油断させ、天守閣までたどり着かせぬように時間稼ぎをして何か罠を仕掛けておるに違いない。
気を抜くでないぞ、お主!
いざ、天守へ!
くっ国宝姫路城じゃと!
なに?
国宝ってすごいですねーって呑気なことを抜かすでない。
ははん、お主はまだ知らないな?
城は、城は、最近建てたから国宝ではないがな。
今に国宝になろうって城じゃ。まだ江戸幕府の者共がその重要性をわかっておらぬ、わからんちんのとっちめちーの輩ばかりじゃ。
まあいい、今回の密命で得られた情報を殿に渡せば掛川城もいずれ国宝よ。
ふふふふふ。わはははははは!
声がでかいって?いやすまぬ。取り乱してしもうた。
各階に案内図があるぞ。
なんて親切……いや、これも罠ではないか?
敵が入り込んでいるというのに、こんなに親切に地図を見せびらかす城があるか?
なに?このQRコードを読み込むと情報が出てくるとな?
なんと、間抜けな!
本当じゃー。
すまほで読み込むと、城の作りや歴史や裏話まで教えてくれるではないか。
きゃつら、ここまで情報ダダもれとは、わしらのような敵が入り込んでおるのに気が付いておらぬと見える。
ふふふふふ、わはははははははは!!!
いや、すまぬ。そういちいち怒るな。
観光客に紛れて参ったが、何しろこの混雑、あゆみは亀の如しじゃ。
直角に近い急な階段と、傘のせいで、階段から落ちそうになる輩が一人や二人ではないぞ。
お主も気をつけよ。
転んで敵に裏をかかれるでないぞ。
コケッ!
い、い、い、いや!
わざとじゃ!お主に知らしめるため、拙者はわざとこけて見せたのじゃ!
そんな掛川一の隠密である拙者が、こんな階段ごときで転ぶわけなかろう。
さ、行くぞ、どんどん階段を登らんか!
それにしても、階段が多いのう……。
ゼーゼーっ。
なんて高い城じゃ。どこまで階段を作れば良いと思っておる。いい加減せえ。
なに、ついた?
ここが最上階じゃと?
なんだこのお社は?
こんな天守閣の最上部に刑部(おさかべ)神社とな。
まあいい、今日の武運を祈っていこう。
切り替え早いんですねって、こうでなければ隠密などやっておれんぞ。お主も祈れ、ほれ。
ふふふ。ここから見える景色、壮観じゃな。
敵ながらあっぱれな景色じゃ。
人どもがチリのように見えるわ。
でけえ、しゃちほこじゃ!
観光客が喜んで写し箱で写し絵(写真)を撮っておるではないか。
くっ。しゃらくせえ。
これは殿に報告して、同様のものを作らせた方がよかろう。
おそらく客どもが釣られて掛川城にも参るであろう。
いや、このシャチホコに、メイドイン掛川って書いておけば注目を浴びるんじゃないかって?
よし、やってみるか。
……
すぐ係りの者に取り押さえられたぞ。
本当にやる人がいますかって?冗談だって?
お主がやらせたんじゃねえか。
こらこら、冷たい目でみるな。お前と拙者の中ではないか。
よし、情報は得たから下界へ戻るぞ。ほら行くぞ。
ぬう。
出入り口を塞がれた!
きゃつらめ、敵である俺たちを逃がさねえ魂胆だな。
こっこれはなんだ?なに?ARという情報を提供するあぷりとな。
ま、惑わされぬぞ。なんだこのまやかしは!飛び出して見えるぞ!
う、うわーーーー!!!
こ、この場は煙幕をたいて一旦離れるぞ!ドロン!
係りの者たちが、あんなに大勢、怒りの形相で追ってきおる。
なぜ拙者らが隠密だとばれたのだ。
なに?煙幕炊くからだって?うるさい。とにかく逃げるぞ。
おお、いいところに隠し扉があるぞ。隠れよ!
うわっなにをするっ!
あっという間に、武者隠しから引きずり出されてしもうたわ。
乱暴な者たちじゃ。
いたいいたい。そんなに引っ張るな、歩くから。
やっやめろ!
この井戸に落とすとな!やめてくれ、お菊さんの井戸はやめてくれ。
そこにまだ客がおるであろう。
落ちるっ落ちるってば!落ちて死んだらなあ、拙者もお菊さんとコラボして一緒に祟ってお主らの枕もとに毎晩出てやるぞ!
1まーい、2まーい略して9まーい……お釣りが1枚足りなーい……ってな!
それは拙者が茶屋で団子を食った時のお釣りの話じゃないですかって、よくわかったな、お主。はっはっはっ。
……。
ふん。なんとか井戸落ちは免れたわ。
お主、あんなに土下座して謝らなくても奴らはきっと拙者を逃がしてくれたぞ。
拙者の堂々とした態度に威厳を感じて、放してくれたではないか、あの者たち。
あん?向こうの人が呆れただと?失敬な。
それに情報はどうしたかって?
ふふん、案ずるな、ちゃんと盗んできたわ。
これじゃ。
姫路城の7大特色。
これを真似すれば、きっと掛川城も国宝になるに違いない。
それに、すまほを使ってまやかしが見える、QRってやつと、ARってやつ。
あれを掛川城にも使えば、観光客もわんさか集まることやぶさかでないぞ。
きっとこりゃあ殿に褒められて、たんまりご褒美がいただけるなあ、お主。
あん?能天気で羨ましいって。
そんなに褒めるな。
まあ、前祝いじゃ。なんじゃこれは。明石焼きとか申すものらしいな。
なんだかわからんがうまいぞ。お主も食え。
はーっはっはっはっはっ。おい、姐さん勘定してくれ、勘定!
1まーい、2まーい、3まーい……。
あれ?
ん?
おっかしいなあ。
……。
あ、金が一枚足りねえ……。
お後がよろしいようで。