職場のA子のことをねたましく思うことがある。
その人は自分勝手でわがままで、強引な発言で一気に周りを惹きこんでしまう人で、自分の思うように周りを動かして生きている、そんな感じだった。
わがままな人は得だ。
わがままを日々通していると周りもそういう人だという対応をし、しまいにはうるさくなるのでその人の言うことを通してしまうことも多い。
わがままな人の方が絶対、人生得している。
A子のことをずっと誰かに似ていると思っていたが、今日分かった。女優の、夏木マリだった。
顔やスタイルがあそこまでいいわけではないが、彼女の放つオーラというのは女優のわがままさに似ていた。
彼女の生活は自由そのものだった。
選択権はすべて彼女にある。
韓国俳優にのめりこんだときには即断でパソコンを購入し、今までネットなど触ったことがないのに使い方をマスターし、ネットのファンクラブに出入りすると一気にパソコンの腕をあげ、ファンクラブ界でドンと言われる。職場では俳優がいかに素晴らしいかを説いて回り、毎週ハングル語を学び、しまいには韓国へと仲間をつのって行ってしまった。
そのまま語学留学しそうないきおいだった。
仕事にしても自由だった。
「えー、これ分からないけど。ちゃんと教えなさいよ。え、何?そんなの自分でやって。わたしも忙しいんだから」
こんなわがままで世の中通るなんて。
世の中不公平だとため息が出る。
わたしはずっと我慢して生きているのだ。
亭主関白をきどるダンナの言うことに日々従い、友達と出かけるのにも気を使う毎日。学校のPTAの懇親会だって行こうと思うと「そんなの行くな」と言われてしまい、行くのをやめてしまった。
その日は大ゲンカである。
しかし行くことはかなわなかった。普段はなんてことのない人だったが、いざ怒るとダンナは怖かった。
そんな日々を過ごしているのに、彼女は自分の意のまま、ずっと気楽に過ごしているのだ。
神さま、不公平ですよ。
パートが休みの日、友人を呼びだしてランチでずっと愚痴を言っていた。
うちのダンナがこんなことを言う、わたしが出かけるというとものすごく不機嫌になって、何も許してくれない……。
そんな愚痴を言っていると、友人が顔をしかめて言う。
「この間なんかで聞いたんだけどさ、ずっとダンナのことを察して言うなりになっていると、奥さんにどんどん依存してくんだって。しまいにはダンナがさらに幼稚化していって、自分の思うとおりにならないとさらに怒りだしたり、手に負えなくなるってさ。そうなってない? あんたんとこ」
わたしは頭にズドンと爆弾でも落ちてきたような衝撃を受けた。
わたし?
わたしがあの亭主関白ダンナを生み出してるってこと?
頭の中をぐるぐると友人の言葉がまわりだす。
せっかくのおいしいイタリアンも味などわからなかった。
わたしはずっと虐げられて生きてきたのだ。ダンナが悪の根源でわたしは被害者。わたしはなんにも悪くない。
……でも。
友人がネットで調べてこんな記事を送ってくれた。
「思い通りにならないことへの耐性をつける」
そんなことが書かれていた。
ダンナは、わたしがすべて察してかいがいしく動いてしまうため「思い通りにならないことへの耐性」がなくなってしまったのだ。だから日に日に彼の「自分の言うことを聞け!」というモンスターは強くなるし、こちらがずっと黙って耐えてしまうと、それはさらに巨大化する、という仕組みだというのだ。
自分が原因だった。
と納得がいくまでしばらくかかった。
これからはもっとダンナに対して、いろんな思いを言葉にしていかなきゃいけない。
ということは分かった。
しかしこれはかなり苦痛である。
ダンナの言うことを黙って聞いている方が、正直楽なのだ。
楽ではあるが、それはゆでガエルのようなもの。
水からいれられていたカエルの器に、しだいに熱を加えてゆく。すると、カエルはそのまま気づかずに「あれ、あったかくなってきたかな?」なんて思っているうちにしまいにはゆであがって死んでしまう、という話し。わたしはこれじゃないだろうか。
きっと、ゆでガエルになりかけなのだ。
仕事場に行くと、例の夏木マリ、いやA子がいた。
「はい、これやっといてね。いいからいいから。大丈夫できるから。わたしはまあゆっくりしてるわね」
彼女は自由だった。
今はわかる。彼女はただの自由じゃない。
自分で自分の道を選択しているのだ。
イヤなことはイヤだと言える強さがあるのだ。
イヤなことはイヤだと言い、自分の意見ははっきり告げる、そしてやりたいことは率先して前のめりでやっていく。
すべてを自分で選択している。そして自分で責任を負ってやっているのだから、自由なのだ。
だから幸せそうにみえるし、実際、しあわせなのだろう。
「わたしもなれるかしら、夏木マリ」
わたしがボソッと言うと、A子は怪訝な顔をしてこちらを見た。
「え? 何?」
「わたし、あなたみたいになる」
A子は大きく口を開けて笑うと、がんばれよ、といった。
全開にした窓から、秋らしいさわやかな風が吹き抜けていった。
*******************************************************************************************
参考サイト
STORYSはこちら