田んぼの中の小さな会社「F」に起こった小さな小さな事件。
一体だれが、
『A子の出勤カードを昼に押し、勤務時間を短くする』
などという中途半端な嫌がらせをやったのだろう?
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A子はある程度目星をつけていた。
株式会社「F」のタイムカードの機械は前世代のシロモノで、よく動いているなと感心するほど古びた機械だ。博物館に寄贈したっていいほどで、昔はきっと綺麗なクリーム色だったと思われる本体はすっかり薄汚れて茶けてしまい、文字盤の液晶も所々切れかかっていてよく読めない状態だ。
その文化遺産的機械が出勤時は派手に「ガチャガチャガチャ!」と鳴り響く。
まるで耳の遠い田舎のじいちゃんが、
「あん?なんだって?」
と大きな声を上げてくるのに似ている。
タイムレコーダーの機械音が派手になるというのはみんな承知だから、そんなリスクを押してまで、カードを打ち、何事もなかったかのように平然としていられる人間……。
「そんなの、あの人しかいないじゃないねえ」
A子は昼休みのロッカールームで、同僚に同意を求める。
「え?だれ?」
「B美に決まってるじゃない!」
もう同僚はその勢いに頷くしかなく、苦笑いしていた。
そこへ、
「何よA子?もしかして、やったの私だって言ってたんじゃないでしょうね?」
運悪く、いないと思っていたB子が聞きつけ、すごい剣幕でやってきた。
だいたい二人はソリが合わないのである。
何かにつけて反目し合っているからちょっとした会話にもお互いに敏感になっていた。
「だれが出勤カードを昼に打つなんていう、そんな中途半端なイジメにもならんことやるかっての!
やるならもっと正面からやってやるわ、バーカ」
「そ、そんなつもりじゃあ……」
「そんなつもりだったでしょ、あんた!そんなのあんたの顔見りゃ分かるんだからね」
負けん気の強いB子が掴みかかり、A子が老けた顔に似合わぬ「きゃー」というかわいい叫び声をあげる。
その険悪な状態の最中、
「ワタシ、押してる人見たよ」
ブラジル人の派遣のEが満面の笑みを浮かべ、スキップしながら話しに入ってきた。
「えー!」
「本当に?」
「ね、だれだれ」
ロッカールームにいたメンバーはEに食いついた。
「E、あんた見たの?」
B子の問いに
「見たよ」
といつもの笑顔で答える。
「だれ?」
Eが肩をすくめながらちょっと太めの指で、犯人を指差した。
それは……。
「え?アタシ?」
ロッカールームが一瞬凍りついた。
Eが指差した先にいたのは……。
A子であった。
「ワタシ、見たね。A子押してタヨ」
「やだ、自分で押すわけないじゃない」
「押してた、見タヨ、ワタシ」
大きなアクションで強調するEに、A子は動揺している。
「この近くにいたかもしれないけどお、でも押してはいないからあ」
一生懸命かわいく顔を作り言い訳をするが、その顔はひきつっていた。
そして仕事開始のベルを幸いと持ち場へと逃げていった。
後日、社内の防犯カメラには確かにその時間、タイムレコーダーに近づくA子の姿が映っていた。タイムレコーダーまでフォローされてはいなかったが、何か話をしながら彼女がら通ると、ガチャガチャガチャ!と派手な音をさせているところが映っていたのである。
そこへブラジル人のEが通り、そのあと、ウォーキングに行っていた連中がわいわい言いながら戻ってきていた。
社長が設置したままろくに見たことのなかった防犯カメラを思い出し、苦労して再生させてみたのが、つい数時間前。
「どうやら、日頃の習慣で出勤カードを押しただけのようだな」
白州のお奉行さまよろしく、社長がパソコンの前でふんぞり返り、A子を呼び出して注意した。
A子は習慣で押した出勤カードを他人のせいにしようとした、ということで社長からお小言をうけ、事件は一件落着した。
そして今回の事件でとんだお騒がせ女としてみんなからレッテルを貼られたA子は、いつもはあれだけ賑やかなのに、さすがに借りてきた猫のように、しばらくおとなしくなった。
数日後……。
ブラジル娘、Eは大好きなB美のところへスキップしながら来ると、そっと耳打ちした。
「本当はね……」
しばらくこそこそと話をする。
「……え、えーーー!」
B美は呆れた顔でEを見た。
「とんでもない子だね、あんたってば」
本当は、あの出勤カード、Eが間違って押していたのだった。
でも、
「ロッカールームで、B美のこと、ワルく言っテタヨ。頭キタヨ。だからワタシね、A子って言ったよ」
Eはペロリと舌を出した。
田んぼの中の小さな会社「F」に起こった、小さな事件。でした。