田んぼの中の小さな会社、株式会社「F」でのできごとである。
そこに女の悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。
「だーれ?私の出勤カード押したの!」
叫んだのはパートのA子さん。
声が大きいやつだから、まあ、社内によく響く。
内容はたいしたことはない。
うちの会社は出勤時、旧式アナログの出勤カードを押すようになっているのだが、パートである彼女のカードを、誰かが昼休みに押してしまっていた、というのだ。
確かに一日ちゃんといたのに
「12:41」
で押されている。
つまり、1日いたのに午前だけで帰ったことになり、パートだから3時間だけの業務でのこり2時間損しているのだ。
仕方なく、A子は出勤カード管理者である社長のところへとゆき、一通り文句を言って、訂正してくれるように頼んでいた。
「誰だ、一体そんなトロイことをしたやつは!」
文句を言われた社長も怒って犯人捜しを始めた。
社長が出張ると厄介だ。
ただでさえぐちゃぐちゃな揉め事をさらにミキサーでかき回して、挙句地面にぶたまけるくらい、どうしようもない状態にしてしまう。
社長は社員を回り、あれこれリサーチしていたが、社長の疑惑は昼に半休で帰った人がいて、そいつではないか、という。
だが、その人は
「12:07」
で帰っており、用があって帰ったのだから、「12:45」にわざわざ戻るはずはなく、逆に犯人である可能性は低い。
昼休みに外出し、かえって来た人がタイムカードを押す、ということはある。
実際当日の昼休みに、健康維持のためにウォーキングに出た仲間がいた。毎日7~8人の集団で歩き、帰ってくるのだから、まあまあな人数である。ちょうどウォーキングに行って帰ってくるとそのあたりの時間になる。
「きっとウォーキングに行った人の誰かだよ、もう!」
A子は怒りかえってそう言っているようだ。
ちょっと外に出ただけでも、習慣で間違って出勤カードを押す、ということはたしかにたまに、ある。
さらに人のカードを押してしまう、という間違いもたまにある。
それが同時に行われるというのはどういうことだろう?
この憶測はまだ、悪意のない場合だ。
しかし悪意があった場合、
「違う時間に、人のカードを押す」
可能性は大きくなる。
ちょうど一週間前、ある事件があったのだ。
派遣の新人をめぐって、A子と正社員のB美が口論になっていた。
パートの彼女は、派遣のC子を一生懸命フォローしていたのだが、それが余計なことだ、何もするなと正社員B美に文句を言われたのだ。
B美はA子を嫌っているのは有名で、嫌がらせだとしたらそいつしかいないだろう。
そこへ
「ワタシ、押してる人見たよ」
現場を見ていた者がいたのである!
犯人は、意外なところにいた。
さて、考えてみて。
犯人は誰なんだろう?