⇒いにしえとこしえ⇒

新しいもの大好き!ワーキングママ目線で使える情報発信と、人生を前向きに変えてくれた学びのシェア中心でお届けします♪ 『日本書紀』『古事記』からハニワまで網羅する日本古代史オタクを10年やってます。

【スポンサーリンク】

今年、ワタシ的に一番衝撃を受けたAudible〜『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人

こんにちは! てらっちです♪

1年間、Audibleを聞いてきました。

通勤というスキマ時間でなんとかインプット時間を確保し、興味のあるものばかりでなく話題のタイトルや普段なら絶対に読まないものなども含め、なるべくランダムに聞いてきました。

Audibleも色々あるんですよ。
自己啓発のものから、瞑想用、自己暗示用、ホリエモンチャンネル、落語、漫才、そして小説まで、今日は、てらっち的に今年一番衝撃を受けた本をご紹介します。

 

それがこちら
『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人

 

なぜ、脳は神を創ったのか?

なぜ、脳は神を創ったのか?

 

 

私は、神社仏閣が大好きで、神社や寺で手を合わせるのは好きなのですが、なんと!無神論者です(笑)あはは。

生まれた時から某宗教に入信し、その宗教を心底信じていたのですが、高校生の時信じることをやめました。なぜなら母親の病気を直してもらおうとずっとお願いしてきましたが、その願いは通じず母の病気はひどくなる一方だったため、願い事を叶えてくれる神や仏はない、との結論にたどり着いたんですね。

 

スピリチュアルなものもどうにも懐疑的で、運命思考みたいなものもありません。

全ては時の流れるまま、くるものはくるし、ないものはないし、ただ、現実でできることに努力をして行くのみ、だと思っています。

 

ではなぜ、私が神社や寺が好きで、しっかり手を合わせるのかと言うと、1日や期間ごとに手を合わせることで、その瞬間、平常とは違う自分になり、立ち止まって考える時間が作り出せると思うからです。ですから、神社仏閣でも願い事らしい願い事はしません。
するのは、自分ではどうにもできない、世の中の平和と家族の健康を祈ること。
そして日頃の感謝を述べて自分の心の状態をその時に俯瞰してみることです。

で、そんな私は、無心論者ではありますが、どのように説明すべきかわからずにいました。

それをズバリと言ってのけてくれたのが、先述の本です。

 

神も仏もこの世にはいない、を科学で証明

それを数学や量子力学なんて私にはさっぱり計り知れない科学の見地から「神はいない」と一刀両断してくれたのが、この本です。
いや、『神は死んだ』と北斗のケンシロウも言った事がないようなかなり過激な発言をしています。


下手な説明はできないので、(私は数学は苦手じゃ)詳しくは本を読んでほしいのですが、「不完全定理」というのが証明され、それに従えば世の中に完璧なものは何一つとしてない、ということだということです。


ということは、「神のような完璧な存在はありえない」ということになります。

(すみません、恐ろしくざっくりで)


『神は、この時(不完全定理が証明された時)死んだ』の発言はかなりショッキングでしたが、しかし目からウロコが落ちる思いでした。

 

そう、やっぱり神様はいないのです。

科学の発達していなかった時代では、宗教や神は拠り所であるし、生き方も考え方もバラバラな人たちを統率するのにも必要だったでしょう。または、死への恐怖は、神に頼る事で少し緩和できたかもしれません。

 

しかし、古来より、今に至るまでその宗教は争いを巻き起こす火種となっています。
世界中の戦争と名のつく争いは、ほとんどが宗教戦争だと著者は語ります。
第二次世界大戦で、日本がアメリカと戦っていたときも、結局は宗教戦争だったと。
キリスト教圏からみると、キリスト教の信者=人間であり、キリスト教以外の人間は人間ではなかったのです。

つまり、キリスト教圏のアメリカ人からすると、日本なんて人間ではないし、やっつけてよし、の国だったというのです。


まさかと思ったら、実際に、イギリスが東インド会社を設立した時、「この黒い肌の人たちは人間でしょうか?」とバチカンに問い合わせた話が語られます。その返事は恐ろしいことに、「人間ではない」というものでした。

 

その理論で、日本もキリスト教圏ではありませんから、第二次世界大戦中、原爆を落とすことに決めた先は、キリスト教圏のドイツではなく、人間ではない国、日本だったというのです。

 

人間は自分が一番正しいし、自分の周りの方がおかしいと思うようにできています。
それが宗教や神様に関係すると、さらに強くその思いが働いてしまいます。自分のところ神様が世界で一番正しいし、ほかの神は悪であると、だからほかの人たちは殺しても構わないし、殺すべきだ……そんな理論がまかり通ってしまうんですね。

恐ろしいことです。


完全なものは世の中には何一つとしてないのだから、完全な神などこの世には存在し得ない、ということ。
それを世の中の人全てが理解した時、もしかしたら、戦争は無くなる事ができるのかもしれません。

 

それと同じ、「神はいない」という理論を、2500年前にすでに唱えた人がいました。
それが釈迦(シャカ)です。
仏教の元祖じゃん、と思いましたが、なんと、もともと釈迦は「神はこの世にはいない。過去も未来も幻想だ、ただいまがあるだけだ」と唱えた人だったのでした。

もともとはそういう教えを唱えていた人だったんですね、御釈迦様。

 

その後、その教えが中国に渡ると儒教の影響を受け、釈迦が禁じていた「お経」を唱えるようになり(釈迦は、お経のように意味のないものを唱えても何にもならんとすでに言っていたのにもかかわらず)それが日本に渡ったというのです。
苦行や荒業をやる宗派もありますが、釈迦自身が苦行をし、一度死にそうになった時「何にもならなかったから、苦行は意味はないぞ」とかたったそうですので、どうやら苦行も効果なし。


でも、やった感はあるんですよね。お経も苦行も。
もともとの教えはいつの間にかどこかへ行き、お釈迦様が意味がないと言っていたお経や苦行が受け入れられて、今日に至るとのことです。
ですから、日本の仏教は、もともとの仏教とはかけ離れた、全く性質の違うものになってしまいました。

 

この釈迦の話もなかなかショッキングでした。

 

この本を聴く数ヶ月前、ちょうどこちらの本を聴いていまして、

 

これも修行のうち。 【著者朗読版】

これも修行のうち。 【著者朗読版】

 

 

 

反応しない練習 【特典付き】

反応しない練習 【特典付き】

 

 

この著者の草薙龍瞬さんは、苫米地さんのいう、もともとの原始仏教を学ばれた方でした。
ちょうど原始仏教とはなんぞや、と思い興味を持っていたところだったので、今回の本で、謎が解けました。


釈迦は、時代を先駆けて、神も仏もない、「空」を唱えていました。

 

できれば、今回の本を聞いてから、草薙龍瞬さんの本を聴かれると、原始仏教を学ぶことができるかと思います。


さらに興味が出た方はこちら。
原始仏教。

 

原始仏典 (ちくま学芸文庫)

原始仏典 (ちくま学芸文庫)

 

 

今度はこちらを読んでみます。

 

自分軸を持つために、いろんな世界観を知ること

この苫米地さん、最終章の方で、自分の理想とする世界を語っています。

 

餓死する人のいない世界、つまり世界レベルで生存権を保証すること。そして、機会の均等。かっこよくても、お金持ちでも、貧乏でも、平等に機会の均等を与えること。

 

話が進むと、国という境もなくしてしまえとなり、お金の概念もなくしてしまえ!となります。

本当に面白い考え方です。

お金という概念を無くし、お金の価値をなくしてしまい、ただ物を交換するためだけのものにしてしまう。
貯めても意味のないものにしてしまえば、お金に踊らされ、お金にがんじがらめに生きることも無くなる。
公務員は無給、しかし生活のもの全て支給する、という社会主義国に近い社会を提案しています。

 

確かに、お金教に踊らされている世の中ですが、私たちは踊らされている実感もなく、知らないうちにパラダイムに縛られて生きています。

この人のような思いもよらない方向から頭をグラグラ揺さぶられると、この自分の考えがどんなに狭い世界だったんだと思い知らされます。

 

もし忙しくても、こんな頭をグラグラ揺さぶられて、自分の生き方をちょっとだけ俯瞰してみてください。

コンフォートゾーンの向こうに、本当の自分の生き方があるのかもしれません。

 

 

なぜ、脳は神を創ったのか?

なぜ、脳は神を創ったのか?

 

 

 

これも修行のうち。 【著者朗読版】

これも修行のうち。 【著者朗読版】

 

 

 

反応しない練習 【特典付き】

反応しない練習 【特典付き】

 

 

原始仏典 (ちくま学芸文庫)

原始仏典 (ちくま学芸文庫)

 

 

【スポンサーリンク】