⇒いにしえとこしえ⇒

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笑い男。病気でも楽しむっていう生き方もある〜storys

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今日のStorys。

いろいろな病気がある日突然襲ってくるけれど、こんな風にカラッと笑っていられたら、幸せなんじゃないかと思うのです。

********************* 

「あはははは!」

 

みんなが一斉に声の方を向くと、つるつる頭の男が機械をいじりながら携帯で電話をしていた。

うちの工場というのは、ワイヤーハーネスに使われる端子の圧着機というのが、ガシャンガシャンと休む間もなく騒音をかき鳴らしている。だから人と会話をするのもやっとというほどのやかましい音がするのだが、その騒音を押しのけて笑い声が響くというのは、よほどの大声の持ち主だ。

 

「誰よあれ?」

わたしの問いに

「圧着機を直しに来てるんじゃないの?」

ヨリコさんは作業の手を休まず答える。

ヨリコさんは、この工場のお局さまもお局さま。お局さまを通り越して女帝レベルだからなんでも知っているのだ。

 

とりあえず笑い男はこの工場の人ではない。

男は整然と並ぶ圧着機の中でその頭を光らせながら携帯で話しをつづける。

聞こうと思わなくてもその声は聞こえるのだから、仕方ない、なんの話をしているのか聞こう。

 

「いやーまいっちゃうよねー。まーったく動かないからさー。どうしようかとおもってさ。え? あはははは! そうなんだよー! 今日中に帰れるかなー」

 

やたら楽しそうに笑ってはいるが、一応仕事の話ではあるらしい。圧着機がうまく直っていないことだけはわかった。 

 

「あの人ね、前はよく来ていたんだよ。うちの会社から仕事を頼んでいてねえ。単線の仕事なんてあそこによく頼んでいたね。そのときゃあの人ももっと若かった」

 

ヨリコさんはわたしに話しを続けていた。

わたしもここに勤めて5年になるが、あの人は見たことがない。その会社の名前も初耳だったから、古い話しのようだ。

 

「そうそう、さっきの話しに戻るけどね、この間病院に行ったって言ったじゃない?」

「ああ、はい」

 

手元の作業を続けながらヨリコさんは話しを笑い男の前の話題に戻した。

 

「わたし、いつも口の中がまずいって言ってるでしょう?結局、今度の病院でも口の中がまずい原因がわからなくてね、血中の亜鉛濃度をはかったり、血液検査をしたりしたんだよ。で、この間はさらに皮膚科まで行ってアレルギーの検査までしたけどわからなかったのよ」

 

ヨリコさんは味覚障害に悩んでいるのだ。何を食べても美味しくないらしい。何も美味しくないというのは、それは人生辛いものだと、思う。人生の楽しみのひとつは美味しいものを食べることだ。

 

その人生の楽しみのひとつが得られないのだ。

 

それでも医者にいけばすぐに原因がわかるかと思っていたが、どこへかかってもわからない。なんの検査をしても正常値なのだ。正常なら良さそうなものだが、それはそれで困る。原因がわからないのに、口のまずさだけはずっと続く。ヨリコさんは参っていた。

 

「この間なんか、もう脳の病気みたいに言われてさー。頭来ちゃうわ。私の頭がおかしいってこと?」

「そんなことないでしょう」

「気ちがいみたいに言うのよ。人のことを馬鹿にして」

 

おそらく医者は原因が分からず脳が原因だろうと言っているようだ。こちらは脳の機能自体がおかしいのだと言いたいことが分かるのだが、彼女はそうは受け取らないらしい。精神病だと受け取っている。

うつ病の話しをしても「ストレスは病気じゃない」とうつ病の人の話しにあまり理解がない。

大変なのはみんな一緒。わたしたちは本当に大変な時代だったけど、それでも乗り越えてきた。今でも現役で頑張っている私のことを、精神病だという、と医者に対して怒り心頭している。

こちらもいろいろと説明をするのだが、話しがかみ合わないというか、向こうが思い込んでいるというか。医者が精神病扱いしていると思い込んだまま、新しい情報を受け入れる余地がないのだった。

なんと説明したら、精神病とは違う、という意見を理解してくれるのだろう。

 

「ヨリコさん?」

 

突然話しに割り込んできたのは笑い男だった。

 

「社長いる?」

「ああ、ちょっと待ってね。今呼んできますから」

 

ヨリコさんは立ち上がって事務室へ入っていった。笑い男はにこにこしている。が、顔色が悪かった。なんていうのか、日焼けとは違う、土気色をしている。

笑い男はドアを開けてあらわれた社長とともにまた笑いながら圧着機に向かって歩いた。

 

「社長ー本当に困りましたよー……」

 

ヨリコさんは席に着くと、わたしに向かって手招きする。

 

「あの人、顔色悪いと思わない?」

「ええ、今そう思っていたところです」

 

ヨリコさんはちょっと顔を上げて、笑い男と社長の居場所を確認すると、小声になった。

 

「あの人、身体を悪くしているみたいなの。社長があの顔色を気になって訊いたらしいんだけど」

「はあ」

「ガンなんだって」

 

わたしは黙ってしまった。

 

「それも結構悪いみたい」

「あははははは!」

 

また高らかに笑い声が響く。

ガンの人があんなに高らかに笑えるだろうか?あんなに楽しそうに笑えるだろうか?

 

「いやー面白くなってきたぞー」

 

時折聞こえる言葉は、仕事を心から楽しんでいた。

また電話をかける。

電話相手は仕事仲間のようだが、本当に仲がよさそう。

人生を謳歌しているに違いない、そんな声なのだ。無理をして笑っているという風でもない。

から元気とか表面的な笑顔とも見えない。

 

「しょうがない、今日はやれるところまでがんばってみますわー」

「たのんだぞ」

 

それから数時間機械のところでねばって、

 

「よっしゃー!」

 

という声が聞えたときには、みんなで拍手を送った。

 

「いやあ、どうもどうも。ひゃー、もうだめかと思ったわー。あははははは!」

 

心地よい笑い声が工場に響いた。工場に温かい空気が広がる。

 

わたしは思った。

 

この笑い男、素敵だ。

何が素敵だって、病気に対して強く立ち向かっているとか、負けないとかじゃなく、病気を気にせず(そう見えたのだ)仕事を楽しんでいた。

死の際まで、こんなに楽しく仕事ができたら、どんなにか幸せだろう。

 

世の中驚くほどいろんな病気がある。

ヨリコさんみたいに他人にはわからない苦しみを抱いている人もきっと多いだろう。

みんな苦しんで、辛いことや悲しいこともあるけれど、できればこの笑い男のようにカラッと笑っていられたら、そして最期まで仕事を楽しんで、仲間と過ごせたら素敵だと思ったのだ。

 

笑い男は、最後まで笑い声を工場に響かせながら、陽気に挨拶をして去っていった。

 

わたしはヨリコさんと一緒に笑顔で見送った。

 

 

 

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