⇒いにしえとこしえ⇒

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そんなにくだらないことで騒ぐんだったら、一夫一婦制をやめたらどうだろう?

まあ、今回は怒られるの覚悟の話し。
でも怒られるのは嫌いなので、あまり怒らないでね(弱っ)

浮気がどうの不倫がこうのでテレビは1日それだけを、1億分の1人をめがけて攻撃し、いじめのように流し続け、他のもっと語り合うべきニュースはおざなりにし、そして最終的には子供たちにいじめはやめようと勝手なことをいう。

タレントや政治家の浮気ごときの話で、よく知りもしないくせに目の敵のごとく何週間も叩くようなことはするべきではない。
もちろん本人たちにとっては大変な事件。
当事者の奥さんには大変気の毒ではあるが、それは当人たちの問題であって他人の私たちまで一緒になって叩くことじゃあない。

育休を取っていた間に浮気した疑いの代議士はアホとしか言いようがないが、エネルギーあふれた男性が妊娠の間は長いことご無沙汰なのだから、ちょっと気の毒な気もする。

まあ、わたしのスタンスがだいたい

「男はしょうがない」

なので、この手のヒステリックな攻撃には辟易している。

この際、一夫一婦制をやめてしまったらどうだろうか?

だいたい一夫一婦制なんてふうに相手は一人なんて決めているから、浮気することが悪いことになる。

この際オープンに一夫多妻制、一妻多夫制、オーケーにしてしまったら、なーんにも問題はない。
とりあえず浮気という定義はなくなる。

「この恋は真剣です!」

と言えばその相手と結婚もありになるのだ!

わたしは自称古代史専門なのだけれど、昔の日本人は基本的に一夫多妻制である。
それは魏志倭人伝にも書かれている。
古代は通い婚で、男性が気になる女性のところへ通い、忍び込んでそして事を為して帰る、そういうものだったらしい。

以下は、魏志倭人伝からの引用である。
古代の日本人の寿命は100歳だった⁈〜魏志倭人伝の中の日本 : 『古事記』に興味をもったら読むブログ

その習俗では、国の高貴な人は四、五人の妻をもち、一般の庶民でも二、三人の妻を持っている。婦人は淫らではなく、嫉妬もしない。

家屋はあるが、父母兄弟はそれぞれに居所を別にしている。

女が嫉妬もしない、というのは本当か?とは思うが、貧富で人数が違いこそすれ、妻が数人いるのが当たり前だったようだ。家も別だという記述がある。
当時はとりあえずそういうものだったらしい。
これは中国人が書いた書物、というのが肝心なところ。当時の日本人は普通なことだと思っているので書かないことを、中国人は自分の国とは違った風俗だとして記しているわけだ。
だからある程度の信憑性はある。
ただ、一部だけ見て誤解している可能性はなくもないが。

で。

時代は下がって源氏物語の時代になると、御簾(みす)の外から短歌を謳って、相手とコミュニケーションを取り、婚姻へと至るシステムへと移る。
元々顔も知らぬままに通うのだし、昔の夜は今よりさらに暗かっただろうから、下手をすれば顔もよくわからぬままの婚姻ではなかろうか。

光源氏はそんな数ある通い婚の結果、妻にした相手を集めて共同生活を始める。女たちのヤキモチはおそらく半端ないものであったろうが、当時、一夫多妻制は「有り」だったのだ。

その後も表向きは一夫一婦制と言いながらも、ある程度の身分の人たちは妾がいるのが普通であった。

それが明治から一夫一婦制になる。

調べたら明治憲法制定から。

男と女のことだから、今も昔もゴタゴタあるのは変わらないのだけど、もしそいとげるのは1人でなければいけない、なんてタガを外して、もう少しおおらかになったら、楽にならないかな?
なーんてことを考えたり。
もちろん今の世の中だから、男女平等に、一妻多夫制も有りですよ。
稼ぎ頭が何人かいれば、育休も取りやすいし、生活面、金銭面でも安定するかもしれない。

実際ネパールだったかな?一妻多夫制の国もあるんですよ。やはり生活のために夫が数人いるとのことでした。

そんなことを考えたのは
昔読んだ星新一さんの影響。
ある星では、SEXがもっとおおらかでオープンだ、という話。オチも何も覚えていないけれど。そういう世界観なら浮気で嘆く人も少なかろうに。

怒られますかね?
怒られますね、すみません。

てらっちでした♪

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